稲沢市の歯医者「山本歯科医院」は虫歯治療・インプラント・小児歯科・
ホワイトニング・口腔外科などに力を入れております。

診療時間
09:00~12:30
14:30~19:00
※土曜日午前の診療時間は8:30〜13:00になります。

院長紹介
director

患者さまの健康に貢献します
医院理念

山本歯科医院のコンセプト・モットーは「地域一番のかかりつけ歯科医院」「社会貢献する歯科医院」です。この地域の患者さんがより安心・安全に受診できるような医院になり、「歯だったら山本さんのトコへいっときゃぁ。」とこの地域の方に言ってもらえるような存在になりたいと思っております。

さらには、
同じ人生観で取り組んでくれるスタッフとともに仕事をして人間として成長し、スタッフ皆が働きやすく「一番」と自慢できる職場環境を作りたい。また当院にかかわる業者さんもともに発展・成長していきたいです。

院長紹介

名前 山本良実
生年月日 昭和44年(1969年)/ 6月16日
血液型 O型
趣味 硬式テニス、中日ドラゴンズ応援、
旅行
資格・取得

日本歯科麻酔学会 認定医
日本口腔インプラント学会 会員
社団法人稲沢市歯科医師会 会員
青年経営者研修塾 塾生
名古屋ユマニテク歯科衛生専門学校 非常勤講師
専門学校名古屋デンタル衛生士学院 非常勤講師

略歴
昭和63年3月 愛知県立明和高等学校卒業
平成7年3月 国立 岡山大学歯学部歯学科卒業
平成7年4月 歯科医師国家試験合格
平成7年5月 藤田保健衛生大学病院研修歯科医
平成9年4月 藤田保健衛生大学病院専修歯科医
平成10年4月 医療法人寿光会三好中央病院歯科
平成11年4月 藤田保健衛生大学病院
歯科口腔外科助手
平成13年4月 医療法人明陽会成田記念病院
歯科口腔外科
平成15年3月 同退職
平成15年
5月2日
故郷の稲沢市に
「山本歯科医院」を開院
平成21年3月 増改築・リニューアルオープン、
現在に至る

院長の山本歯科医院への想い
thought

幼少~進路決定まで

「山本歯科医院」は大正12年に祖父が岐阜市で開業したところから始まり、昭和6年に稲沢の地へ移転。昭和46年には現地へ移転、祖父・父が自宅で診察をしていたので、小さいときから歯科診療は見慣れた環境で育ちました。姉が二人の三人姉弟の末っ子でずいぶんチヤホヤされ、「大きくなったら後を継ぐんだよ。」と言われ続け、小学4年生の文集ではすでに将来の職業として歯科医師になることを書いていました。しかし、昭和55年、父を、翌年には祖父を亡くしました。医院を他人にも貸さなかったので、ここから丸23年間閉鎖となります。

地元小学校~中学校は管理教育の中でいわゆる優等生だったと思います。体育は苦手(今でも鉄棒逆上がりはできない)でしたが、成績もそこそこで学級委員タイプでした。その頃からの地元友人も多く、いまも大切にお付き合いさせてもらっています。 県立高校に進学後、自由な校風にすっかり流され、楽しいながらもダラダラした三年間を過ごしてしまいました。結果、進学する大学もなく予備校に通う浪人生に。

予備校に通う中で、母親と進路で衝突しましたが、あとを継ぐという周囲の期待も大きく、紆余曲折はあったものの、父と同じ道を歩むことを決めました。当時は継がない負い目から逃げたかっただけかもしれません。

大学時代~就職

晴れて平成元年、岡山大学歯学部に入学。たくさんの信頼できる友人・先輩後輩に恵まれ、今の人生でも本当に大きな財産になっています。
歯学部には年に一度、全国の歯学部生だけで行う「オールデンタル」というスポーツ大会があります。私は硬式テニス部に属し、勉強もそっちのけでひたすら「オールデンタル」を目標に練習しました。テニス部の「オールデンタル」は団体戦です。私が主将をさせてただいたときも、決して皆上手ではなかったのですが、豊富な練習に裏付けされた精神的な強さとチームワークができ本当にいい強い組織ができました。その時の仲間とは今でもその話で盛り上がることができます。
テニス部の中で学んだリーダーシップ、コツコツ努力、成功体験、チームワークは現在の歯科医院の運営の基礎になっています。(そして、卒後約20年後、平成25年から30年まで5年間、ご恩返しのため岡山大学歯学部硬式庭球部OBOG会会長を引き受けさせていただきました。頼っていただけることはありがたいことです。)しかし、学年を重ね、大学も卒業となり就職を考えないといけません。仲間が多い慣れた母校にとどまって研修もしたかったのですが、将来を考え地元に戻り研修する道を選択しました。

研修医~開院へ

さて、地元に戻って研修医として就職させていただいた先は藤田保健衛生大学病院歯科口腔外科でした。当時の選択理由は臨床中心で研修ができる(私は研究は苦手です)、歯学部の付属病院ではできないことが医学部の付属病院ではたくさん研修できる、あと一番はアットホームな医局の雰囲気でした。
研修医時代は何事も新しい経験でしたから毎晩遅くまで仕事、勉強しました。先輩歯科医師を捕まえてはいろんなことを教えていただきました。徐々に抜歯術ができるようになり、点滴(静脈路確保)ができるようになり、口腔外科手術ができるようになって一人前になれたのも先輩方のおかげです。

大学病院に勤務している間、たくさんの期間を医科の麻酔科にもお世話になっていました。口腔外科だけでなく、各科医科の手術の麻酔を担当させていただき、全身的な視点から診察できる技術と知識をつけることができました。麻酔科の外来(ペインクリニック)も担当させてもらい、ブロック注射の技術や、痛みから疾患を判断する知識を得ました。山本歯科医院の大きな特徴だと思います(歯科麻酔についてはこちら)
大学病院であるからこそさまざまな経験ができ、そして「この先に紹介できる先はない」という覚悟で患者さんへの診療に取り組むことができました。関連施設を含め8年間の経験はかけがえのないものです。開院した現在は、逆に大学病院では学びにくい範囲の知識を若い研修医の先生方に伝えていくことができれば少しでも恩返しになるのでは?と考えています。

開院~現在まで

平成15年5月、生まれ育った稲沢市で山本歯科医院開院。一つの目標が達成できました。以降、私達は地域に密接した歯科医療と多方面にわたる専門性を持った皆様の「かかりつけ医」を目指して頑張っております。父・祖父が診ていた患者さんが受診してくれたりして、数十年前の父らの仕事を患者さんの口の中で見せてもらうこともしばしばです。地元に密着して信頼されていたのだな、と実感できる瞬間です。
現在はできる限りたくさんの患者さんに頼っていただき、診させてもらい、関わっていくことが多くの人の健康を増進し、心豊かな人生をサポートできる。そして、地元である稲沢市への貢献と考えることができるようになりました。
そんな考えから、平成21年3月、医院増改築に踏み切りました。患者さんの増加にともない混雑する時間帯はお待たせしたり、予約間隔があいてしまう。可能な限り、診察を望んでいただける方には対応させていただきたい。患者さんがもっと安心・安全に受診できるように医院設備を新しく改良したい。「治療」のためだけでなく、「予防」のために通っていただける医院作りをしたい。 普段の会話からでも「歯だったら山本さんトコへ行っときゃぁ。」と地域の方に言っていただけるような存在になりたいのです。

そして、同じ人生観で取り組んでくれる若い先生を育て、ともに成長したい。スタッフが働きやすく自慢できる職場環境を作りたい。当院に関わる業者さんもともに発展・成長したいのです。 平成15年から取り組んできたことが徐々にそのイメージに近づいてきていると思っております。私の歯科医師人生もぼちぼち後半に入ってきました。これからも関わらせていただいた方々の健康に貢献し続けたいと思っています。

これから将来に向けて

山本歯科医院スタッフ皆、仕事内で責任を持ち新しいことにチャレンジしたり、仕事を楽しめたり、職場の仲間への助け合いが自然にできる人が集まっております。「仕事」というのは人生の中でとても大きなウェイトを占めます。そのような方々と一緒にこの仕事ができることは非常に嬉しいことです。 そのような人は私生活でもハッピーな人生を作れる人と思いますし、患者さんへもいい影響を与えることができると思います。
私自身は山本歯科医院の院長になって15年が経ちました。私は院長として周囲の人から頼りにされる人生に責任を持ちたいと思っています。常に元気で人に力を与えたいです。そのためにも僕自身は一生、コツコツとでも勉強・成長し続けます。そして、歯科医療を通して、この地域が住みよい町になるようにしたいです。

平成30年春からは2校の名古屋市内の歯科衛生士専門学校の非常勤講師もさせていただいております。これも新しいチャレンジと考え、次世代を担っていただく歯科衛生士さんにこの仕事へ希望と夢を持っていただけるように微力ながら精一杯努めております。

長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。(2018年7月)

山本歯科医院の今昔
past and present

  • 「山本歯科医院」の歴史をひも解くと、大正12年に祖父が岐阜市で開業したところから始まり、昭和6年に稲沢の地(かつての下津町坪所、現在のJR稲沢駅前)で歯科医院開業。写真はおそらく昭和一ケタのものと思われます。

  • 昭和46年に現地に移転、父と祖父が歯科診療に従事しておりました。写真は新築当時、昭和46年のものです。私は2歳でした。

  • 同じ時期に少し遠くから撮った写真と思います。昔はここも田んぼばかりでした。

  • 新築当時の医院玄関です。ガラス扉は今でも使っています。ガラスが厚いのでドアが重いのです。

  • 当時の待合室です。今よりもずっと広くスペースを取ってありました。20人くらいは待てると思います。今では考えられないですね。

  • 当時の診療室の様子です。昭和46年のものとしてはモダンだったと思います。

  • 諸事情により昭和55年より休診しておりました。写真は改築工事前、平成14年9月のものです。

  • 改築工事後、平成15年5月の写真です。院内の様子は「院内案内」のページでどうぞ。